再 会

 ペトラからバスで数時間、首都アンマンに到着。アカバに着いた時と同じく外は真っ暗。予定では夕方到着で、何件かリストアップしていた安宿をあたるはずだった。しかし、もう夜の9時。鼻をつままれてもわからないほど暗い。バス停は街の中心部ではないらしく、あまりの暗さにどっちが繁華街だかもわからない。車も人もいない。運良くバス停の近くに公衆電話があったので最後の切り札、ヌエバの港で会ったヨルダン人親子の家へ電話をした。それにしても切り札使うのが早すぎる。
 電話にはあのお母さんが出て、ちゃんと覚えていてくれた。いきなり「泊めて」とも言えないので、「ホテルを探しているが暗くて道がわからない」と遠まわしに助けを求めたところ、バス停まで中学生のおにーちゃんが迎えに来てくれることになった。なんて親切な親子なんだろう。見ず知らずの日本人に・・・。本当にありがたい。
 しばらくたってバス停にあの男の子と少し年長の少年がやって来た。少年は男の子の兄で高校生。お母さんが家に泊めるから連れて来なさいとのこと。電話したものの、申し訳ない気持ちでいっぱいで無口になる。家は郊外の住宅街といったところで、日本のマンション風建物のワンフロア全部がその少年の家! 住んでいる人達は皆医師の一家で、少年のパパもお医者さまだそう。両親と子供3人の一家5人。皆自室を持っていてリビングも広い! 2階建ての我家が2軒ぐらい入りそうだ。リッチなファミリーだったのね。
 
挨拶の後、夕食をご馳走になる。と、そこへお父さんが帰宅。いない間に上がりこんだ日本人に目を丸くしつつも「困った時はお互いさま。ゆっくりしていきなさい。」とやさしい言葉を残して友人の家へ夜の付き合いに出かけた。体格が良く、素敵なお父様だった。外科のお医者さまで街にクリニックを持っているらしい。
 その夜から一番下の娘ラハのベットで寝ることになった。お母さんの気まぐれで泊めた日本人と一緒に寝るなんてイヤだったろうな・・・。12歳のラハは「絶対モデルになれるよ」と思うくらいのすらっとした美人で、お兄ちゃんも背は低いがかなりのハンサム。中学生のアイマンは好奇心いっぱいの少年でよく街を案内してくれた。
  
  
アンマン

 ちょうど夏休みだったので翌日はアイマンが首都アンマンに連れて行ってくれた。街はすり鉢状になっている。公園やお店、そしてここにもローマンシアター(円形劇場)がある。すり鉢状なので坂が多い。街はきれいだが物価は東京とさほど変わらないような気がした。エジプトが安すぎるからそう感じたのかも。ローマンシアター横にあるフォークロア博物館とヨルダン博物館、そして山の上の考古学博物館へ行き、街をぶらつく。
 夕方、お母さん、ラハ、私の女性陣3人でお母さんの姉の家に行った。行くとヌエバの港で一緒だった伯母さんもいた。どうも日本人を泊めているのが話題になっていたらしく、着くなり質問攻めにあう。その家は一軒家でこれまた大きい。数人のメイドさんもいて庶民代表のような私にはビックリすることばかり。結婚したアラブ女性は昼間こうやって時間をつぶすのか、と思いつつその家を後にする。帰りに大きなスーパーマーケットに寄る。名前は忘れたがアメリカにあるチェーン店だった。洋服や化粧品を見たが、安くない。しょうがないので、今は無きフセイン国王の肖像画入りノートを購入。なんとなくありがたいような気分になる。

アンマンの円形劇場。

アンマンの町並





子供達はこのノートを使って勉強するのでしょうか?
  
   
ジェラッシュ

 ジェラッシュの遺跡へ行くことに。その話をしたらなぜかアイマンのお母さんも行くことになった。遺跡についてチケットを買おうとするとお母さんが交渉を(?)始めた。エジプトもそうだが、外国人用の遺跡や博物館のチケットは高い。それをヨルダン人用のチケット2枚を買おうとしている。「この子は私達の大事なゲスト。ということはヨルダン人と同じよ!」となんだかむちゃくちゃな交渉で結局ヨルダン人用を2枚購入。す、すごい。でも、ちょっと恥かしい。
 ここも大きな遺跡で真中に道路が通っている。ここにもローマンシアターがある。アルテミス神殿にそびえたつ柱はとても美しい。大地震で廃墟となったらしいが見ごたえは十分にある。この遺跡で初めて本物のサソリを見ました。びっくり。


ローマンシアター

フォーラム

アルテミス神殿

列柱道路
 
 
死海へ

 今日は死海へ行く。朝、アイマンのお父さんがバス停まで送ってくれた。サルトで乗り換えてシューナへ。シューナでまた乗り換えて死海のレストハウスへ。私が行くのは国営のレストハウス。よくツアーである綺麗なレストハウスではない。事前の情報ではロッカールームはかなりボロなのでカギ(南京錠)を持っていったほうが良いこと、またシャワーも水だけなので石鹸が必要(塩を落とすため)とのことだった。
 普通の路線バスなので外国人は私一人。サルトからシューナまで隣に座っていたおじさんが色々と教えてくれて観光ガイドのようだった。木々の間からお城(?)のような建物の石組みが見える。また、海面より低い場所もあり、たしか碑が建っていたような気がします。終点のシューナで降りるとき、隣に座っていたおじさんが私の分までバス代を払ってくれた。
 2回目の乗換えをすませて目指すは死海のレストハウス。山の中を走っていたバスの目の前が突然ひらけて海が見えてきた。「あー、着いた!」と思っているとバスは突然止まり兵隊さん(?)のような人が乗ってきた。多分「外国人はいないか?」とでも言ったのでしょう。後の方に座っていた私に向かって皆が一斉に指をさしたんで(^_^;)  いったん降りてパスポートを見せ、国籍や行き先、宿泊先を聞かれて無事終了。そういえば死海の向こうはイスラエル。チェックが厳しくなっても仕方が無い。
 やっと着いたレストハウスはぼろぼろで汚い『海の家』風。ロッカーもボロで南京錠を持っていって正解だった。水着に着替えて死海へ入る。ここはアンマンよりとても暑く、入った海も温泉のように暖かい。海水はトロトロしていてなめるとしょっぱいのを通り越して苦い。それに身体中がピリピリして痛い! ペトラで転んだ時のキズにすっごいしみる! フワフワして歩きにくく、ちょっとでも足を離すとクルッと浮いてしまう。よく写真で見る様に上向きになるのは意外と難しかった。 ここは地元の人が家族と来る所のようで、にぎわっていた。皆泳がないで波打ち際で泥を付けてマッサージをしている。たしか皮膚病に良いらしい。行った時はガリガリだったので思いつかなかったが、今なら塩を含んだ泥であちこちマッサージしたいな。細くなりそう・・・(^^ゞ
 1時間くらい遊んでから帰る用意をした。あがると身体中塩でベトベト。石鹸持ってきて良かった。
レストハウスにはお土産売り場もあった。死海の塩で作ったバスソルトを買って門まで来ると、非番の警察官というおじさんと道ずれになった。アンマン方面へ行くバスを止めてくれると言う。買ってくれたコーラを飲みながら「自分で乗れるのに・・・」と思っていた私が甘かった。おじさんが道路に飛び出して(!)止めなかったら一生帰りのバスに乗れなかったかもしれない。バス停にいるだけじゃ止まってくれないのね。ちなみに熱海の温泉街もそうです。
(^_^;)
バスを何回も乗り換えて、やっとアイマンの家に戻ったのが夜。本当、疲れた〜。