待望のパルミラ

 シリアの北部、アレッポからユーフラテス川沿いにデリゾールへ向かう。途中、ラッカ近くでユーフラテス川が見えた。ナイル川上流のように素朴でキレイな川だった。
 デリゾールは普通の田舎町。パルミラ行きのバスが出るまで町を見てまわる。パルミラへはバスで約2時間。これまた何も無い砂漠を延々と走る。途中、砂漠の中に白い花?が沢山咲いている場所に通りかかった。ビックリしてよく見るとスーパーやコンビニでくれる白いビニール袋が山のように棄ててある! こんな所をゴミ棄て場所にするなんて・・・。半分砂に埋まってなびいているので花かと思った。
 パルミラでの宿泊は最初から気になっていた遺跡の中にあるゼノビア・ホテルに決定。天井が高く綺麗な部屋。それよりなにより、ロケーションが抜群。前も後ろも、右も左も遺跡! すぐ近くに小さな神殿もあり、散策するには最適。
バールシャミン神殿
8月の下旬。こんな暑い時に観光客は勿論、町の人もほとんど見かけなかった。ホテルを決めたらすぐにパルミラ博物館へ行く。途中、『パルミラ温泉』(日本語)の看板があった。遺跡の先にイオウ鉱泉の泉があるのでそこの事かな? 帰りに夕日に染まるパルミラをぶらぶら歩いた。
      
凱旋門  
 さて、パルミラについて少し。パルミラはシリア砂漠ほぼ中央にあるオアシスとして知られている。シルクロードの中継点としてローマ時代に栄え、特に最期の女王としてゼノビアが有名である。3世紀頃、ローマの支配下にあり、ローマ市民としての権利を与えられていた彼らはゼノビアが女王になったとき、自分達の力を過信したのかローマに対抗するようになった。
これが皇帝の怒りに触れ、時の帝王アウレリアヌスはパルミラを征服、破壊し廃墟とした。ユーフラテス川付近で捕らえられたゼノビアの消息は不明のまま、パルミラも砂に埋もれてしまった。 
 早起きして6時頃遺跡へ。日はもう昇っていたが風邪が強く、とても寒かった。パルミラ遺跡の広さは6000u以上。砂漠の中に神殿や円柱が無数にある。まずはベル神殿(バアル神)に行く。入口付近に行くとちょうど門が開いて車が出てきたのでその開いた門から中に入って行った。すると車に乗っていた日本人(!)に「あのー。遺跡が開くのは9時頃なので、それまで入れませんよ・・・」と止められた。他の遺跡は自由に散策できるが、ベル神殿だけは入場料が必要だったのだ。そんなことも忘れて、門が開いたからって入るなんて本当ずうずうしい女性だと思われたでしょう。当たり前のように入ってしまったので、私。
で、「わかりました。また来ます。」と出たのですが車の中の数人で暫く相談したのち、「特別に入っていいですよ。帰りにはカギをかけてくださいね」と、カギのかけ方を教えに降りてきてくれた。門番とかに怒られないのか聞いたら「まだ、寝ているから大丈夫」とのこと。 やったー! ベル神殿、貸し切りだ! 中にはとても綺麗なレリーフの円柱がいっぱい。ぶどう柄や唐草模様。神殿などの建物はエジプトとは違いギリシャやローマ風。
ベル神殿を見てから、エジプトのアスワンから運ばれた赤い石で出来た四面門、圧倒の列柱街路、教会に神殿と、色々まわってホテルに戻った。
 午後はスーク(市場)で買い物。りんご、ぶどう、パン。明日はダマスカスに戻るのでチケットも購入しておく。
ベル神殿
ベル神殿の中
四面門 赤色の柱はエジプトからのもの 崩れた柱がゴロゴロ
遠くに見えるのはアラブ城塞
浴場跡 列柱街路 他にアゴラ(広場)や円形劇場もありました




 今日は遺跡で日の出を見ようと思い、4時起き。5時に外に出ると真っ暗で少し怖いが丘の方まで歩いて日の出を待った。昼間とは違って早朝は風邪が強くてとても寒い。暫くすると神殿の柱と柱の間から日の出が見えた。高台なので遺跡全体が見渡せてとても美しい
日が昇るまでは真っ暗 風景は美しいですが、ものすごく寒い
やぎの集団    
 更にゼノビア宮殿跡の方まで行った。今朝もまたパルミラ遺跡一人占め。帰りにナツメヤシ売りのおじさんに少しナツメヤシをもらった。生のものは初めて食べたが、眉間が痛くなるほど甘かった。3時間も遺跡をふらふらしてホテルに戻ったのは8時。朝食後、少し寝てからチェックアウト。
 ホムス経由でダマスカスへ。着いた時にはすっかり暗くなっていて、例のごとくタクシーはつかまらないので重いバッグを持ってホテルまで歩いた。


再びダマスカス

 今日の予定は、スーク(市場)とモスクと美味しいと評判のアイスクリーム屋さん。『シリア一の巨大スーク』と聞いていたが、たいして感動は無かった。というより、お金が無くて見てるだけだからかもしれない・・・。スークはさっと過ぎてモスクへ向かう。
最初にサラディーン廟に入る。サラディーンはエジプトにアイユーブ朝を建てたことや、十字軍からエルサレムを奪回した英雄として中東だけでなくヨーロッパでも知られている。1193年、ダマスカスで亡くなり、ここに眠っている。綺麗に装飾された大理石の石棺を見ることが出来る。
サラディーン廟を出て、モスクはすぐ近くのはずだが入口がわからない。家族連れの女性に道を尋ねると、「一緒に行きましょう」ということになった。5人の女性達と一緒にモスクへ向かう。
 ウマイヤド・モスクは8世紀初頭に建てられた、完全な形で現存する最も古いイスラム寺院。何度か火災や略奪に遭ったものの、後にトルコ総督が復元工事をしたので、現在美しいモスクを見ることが出来る。モスク入口で私の分の入場料もお母さんらしき女性が支払ってくれた。女性は黒衣を借りて着てからでないと入場できない。ステンド・グラスや天井のイスラム・アートが美しい。中庭の壁にも美しい絵が描かれていた。皆で写真を撮ってからヨハネの首塚へ。ここはヨハネ教会だったこともあるのでヨハネの墓はそのままモスクに残されている。サラディーンの墓ではないが、本当に首が入っているのかな〜と思いながら見学した。
    
 ウマイヤドモスク 中庭から見たところ
 一緒に見てまわっている5人の家族構成はどうなっているのだろうか? 年長の女性はベドウィン風に目の下とあごに綺麗な刺青をしている。もう一人は結婚していても良い年齢のお姉さん、もう二人は高校生か中学生、最後の一人は6歳くらいか? 5人とも顔は似ているが・・・。6歳くらいの少女は一番上のお姉さんの子供なのか??? わからないまま皆でカフェへ行ったら、そこは私が食べたかったアイスクリーム(エーマ・ブーザ)の店だった。お腹壊さないか心配だったが、とても美味しいアイスクリームで大満足。そこで家族構成について聞いてみると、4人姉妹と母親には違いなかったが、一緒にいる刺青のお母さんは第二夫人で少女の実の母親。他の3姉妹は第一婦人の子供で、5人でハッサケから買い物と観光に来たとのこと。第二婦人って初めて見た。本当にいるんだ・・・と少しビックリ。でも5人ともとても仲が良い家族だった。買い物へ行く5人とわかれてホテルへ戻る。
第一夫人の娘ふたり(両脇)、第二夫人の娘(しゃがんでいる子)、第二夫人(向って左から2人目)、そして私
 翌日は夜出発の飛行機でカイロへ帰るので夕方までホテルでゴロゴロして時間を過ごす。ホテルのおじさんにバス停まで案内してもらう。重いバッグを持ってバス停まで行ってくれてたのにチップを受け取ってくれない。「何でもないことだよ」と。
エジプトにいると何でもバックシーシですませてしまっているので、感謝の気持ちだけで良いことを忘れていた。なんだかちょっと恥ずかしい。


やっぱりカイロ

 バスで飛行場へ到着。チェックインをしてから免税店へ行ったが、買物にはドル・キャッシュしか使えない。トラベラーズ・チェックとエジプト・ポンドしか残っていない私は何も買えなかった。
 出国のチェックに時間がかかり、9時半過ぎにやっと出発。荷物チェックはとても厳しく、私の前の女性はスーツケース、バッグは勿論、小袋の中の下着やアクセサリー類まで開かれていた。ドキドキして待っていたら、私の時は「日本人か」、「観光か?」、「カイロに住んでいるのか?」くらいで終わり。外国人には厳しくないのだろうか? 
 隣の席にいたのがシリアで働いているエジプト人で、休暇でカイロに戻るところらしい。シリアについて色々話をしたが、「やっぱり、カイロが良いよね」ということで意見が一致した。(^。^)
11時にようやくカイロに到着。滑走路に到着した途端、乗客が一斉に拍手を始めた。えっ、何? もしかしてこの飛行機ってハイジャックでもされてたの? それもともエンジン・トラブル??? 隣のエジプト人に聞いたら、いつも着陸の時に拍手が沸き起こるらしい。
 夜中にカイロ空港にいるのは本当にイヤだ。ボラないタクシーを捕まえるのは至難の技。運の良い事に、乗ったタクシー・ドライバーは普通のドライバーだった。(観光客相手にすっごいボル人達もいる。)空港からかなり遠い場所に住んでいたのだが、料金はごくごく普通の額。あまりにまっとうな人だったので、チップをはずんでしまった。
 半年以上住んでいると、たとえカイロでも『ウチに帰ってきたー』とホッとするものだ。また明日からは喧騒の中での生活が始まる。ヨルダン、シリアともにエジプトに近いイスラムの国だが、それぞれに個性的な魅力のあるところだった。
今でも心に残っていることは、ヨルダンでお世話になったアイマン一家のお母さんが言っていたこと。「イラクにはあなたの好きな遺跡が沢山あるのよ。素晴らしい遺跡が。次に来た時には一緒に行きましょうね。」
イラクに観光旅行・・・。いつになったら出来るのか。まだまだ先の話でしょう。
 カイロに住んでいた時のヨルダン・シリアへの旅行。今では本当に良い思い出です。一人で行ったはずなのに、自分が写っている写真ばかり。どこへ行っても貸し切りだったので、三脚を使って写真を撮りまくっていたようです。ゼノビア神殿やローマ劇場など色々と写真があったのですが、全部私が大きく写っているものばかりで使えませんでした。綺麗な遺跡なので、お見せしたかったのに残念。
 では、皆さんも素敵な旅をしてください。また、そうなる事を願っています。
       
終わり