2005年10月26日(水)  
  
ベイルート→ビブロス→ジェイタ洞窟→ベイルート

  

 朝8時半にホテルを出発。今回のツアーは出発が遅いのでラクである。トルコやモロッコは早くて困ったが、このツアーは年齢層が高いからか(?)朝はゆっくりなので助かった。
 最初はホテル近くにある『鳩の岩』を見学。
その後、銃弾の跡が残るベイルート市内をバス車窓から見学しつつ『ドッグリバー』へ向かう。ここは歴代の通行人の碑文が残っていることで有名だ。なんとカデシュの戦いでヒッタイトと戦ったラムセス2世の碑文もあったのだ! が、その上にナポレオン3世が碑文を刻んでしまった・・・。
最近のものではフランス軍撤退、イスラエル軍撤退を祝う碑。古いものはアッシリア王、ローマのカラカラ帝などの勝利の碑文がある。
鳩の岩
もとは陸とつながっていて、鳩が住んでいたらしい
 
キリスト像でしょうか
ドッグリバーへ向かう途中にて
 
ナポレオン3世の碑文
 この下にラムセス2世の碑文があった
 
このようなラムセス2世の碑文があった、
とのプレートが付いている
 
碑文の上は岩山
右に少し写っているのも碑文の一つ
 
すっかり干上がったドッグリバー
上流には、この後行くジェイダ洞窟がある

 
   
 
 次はビブロス(現ジュベイル)を見学。ビブロスの古代ギリシャ名はパピルス。そして聖書(バイブル)の語源にもなっている。それに古代エジプト好きは、オシリス神話を思い出すのではないでしょうか。オシリスをだまして棺に閉じ込めたセトは、その棺をナイル河に流してしまう。ナイルから地中海にでた棺はビブロスの港に流れ着きヒースの木に包みこまれてビブロス王の神殿の柱にされてしまう・・・。そんな神話の舞台なのです。
 駐車場から教会を見ながら遺跡へ向かい、その途中、教会の内部も見学した。教会近くにはジェダイの騎士というかロビンフッドにでてくるお坊さんのような格好をした人たちが歩いていた。本物は初めて。映画みたい。

このビブロスも世界文化遺産に登録されています。
 
この教会の内部も見学した
 
まずは十字軍の砦から遺跡を一望する
棺はどこに流れ着いたのでしょうか
  
十字軍の砦
 
砦の下にあったエジプト風の像
  
顔もわからない足ばかり残っていた
この太くて短いタイプの像は、エジプトの南の方で見た覚えがある・・・

 
王の泉
らせん状の階段を用いて水を汲んだ

 
テラコッタの壺

 
オスマントルコ時代の住居
ここの遺跡はこのような建物でおおわれていた

  
オベリスク神殿(戦いの神を祀った)から移されたオベリスク
これは勿論エジプトの影響によるもの
穴の開いているものはオベリスクではなくイカリ(船出の安全祈願)
オベリスク神殿からは沢山のブロンズ製の兵士像が発見された
 
こんな像です↓ これは博物館で買ったお土産
  
ここで発見された石棺の一つに
残っていたアルファベットは
世界最古のアルファベットだった
(写真のものではありません)
 
夾竹桃の陰から現れた列柱



 
 このほか、ローマ劇場や神殿などを見学して自由行動。遺跡好きにはたまらないひととき。
 ビブロス見学中に遺跡上空を大型ヘリが飛び回っていた。レバノン軍のヘリで、ドアを開け腰掛けて足をブラブラさせているのがはっきり見える程接近してくる。説明が聞こえないほどうるさい。すると一人が海に落ちたのだ! えっー、と思う間もなくどこからかゴムボートがものすごい勢いで駆けつけウエットスーツに足ひれをつけた人が救助。そのあと次々に海に落ちていく兵隊さん。びっくりしたけど、何かの訓練だったのでしょう。
2006年の紛争で役にたったのでしょうか。皆元気に復旧作業をしているといいのですが・・・。



   
 ここからバスで30分。ジェイタ洞窟に到着。たいしたことはない洞窟だと思っていましたが、とんでもない! すばらしい洞窟でした。私が知っているのは山口の秋芳洞と東京の日原鍾乳洞だけ。それに比べてジェイタの大きいこと。ヨーロッパには似たような鍾乳洞があると参加者の一人は話していました。
 ドッグリバーの奥に位置する洞窟は、1836年にアメリカ人ハンターがその一部を発見。その後、上下に大きな洞窟があることがわかりました。
 まずは6人乗りのケーブルカーで上の洞窟へ向かう。入り口でカメラを預けて中へ入る。
【下の4枚の写真はお土産のポストカードから】
行きはケーブルカー
帰りは汽車です

[Photo by Michel Osta]
ひんやりしたトンネルを抜けると
どどーん、と鍾乳洞が現れます


  
秋芳洞でも驚きましたが、その何十倍も大きい
[Photo by Hans Munch]
  
下の洞窟はボートで探検
[Photo by Michel Osta]
 
  
探検のあとはジェイタ洞窟レストランで昼食
お土産屋さんをのぞいてからバスへ向かう

 
 上の洞窟見学後は汽車で下の洞窟へ向かう。洞窟内の水深は7m。頭上の岩にぶつかりそうでヒヤヒヤしながらも、船頭さんの巧みな操縦で無事見学終了。2時近くなってやっとお昼。
   
 ベイルートへ戻り、ベイルート国立博物館を見学。博物館の前にある道路は、内戦時のイスラム・クリスチャンの境(グリーンライン)。エジプト神殿風の建物には弾丸の跡が無数残っていました。
 1975年から1995年の間は内戦のため閉鎖されていた博物館。まずは、博物館を守るため、また復活するための記録フィルムを見る。もう・・・、またここで泣きそうになってしまった。
 解説の言葉も字幕もなく、ただ悲しげな音楽と共に記録が流れていく。とても良くできたフィルムでした。
運べるものは運び、運び出せない大きな像は周りにコンクリートの壁を作って守る。
内戦が終わったとき、そこにあるのは無残な姿になった博物館。めちゃくちゃになった一室にあるコンクリートの囲い。弾丸の跡の残るコンクリを壊すと・・・。あった!完全な形で像が残っている。
地下室にしまっておいたガラス製品は粉々に壊れている。それを丁寧に復元する人。
 なんで人間はこんなことを繰り返すんだろう。見終わってすぐには立てませんでした。ただ発掘した物を集めた博物館ではないのです。皆「心して見なくちゃね」と真剣な顔で展示室へと向かいました。
   
 
入り口前の道路が戦いの境界線になってしまった
  
神殿風の入り口には壁も柱も銃弾の跡が残っていました
 
 バスでダウンタウンへ向かう。ローマ浴場(2世紀のもの)を見てから宮殿(現在、政府が使用)、エトワール広場、時計塔、教会、遺跡(ローマの列柱)など街をまわる。石畳の街にはカフェやレストランが並び、おしゃれな雰囲気。洞窟帰りの格好で歩くのはとても恥ずかしかった。
 予定にはなかったが、モハメット・アラミーン・モスクの横にできたハリリ元首相のお墓も見学することになった。ここで、またもや泣きそうになってしまうのです。
   
ローマ浴場跡
昨日見たティルスの遺跡と同じようなレンガが残っていた

    
ちょっと小高い場所にありました
周りは普通のビル街です

    
建設中のモハメット・アラミーン・モスク
デザインも色も、とても美しい
    
警備兵が沢山いる中、お墓に到着
とても厳粛な雰囲気でした
     
ハリリ元首相の墓の横には、共に亡くなった7人のボディーガードのお墓もありました
生前の写真も飾られていて、楽しそうな普段着の顔や巡礼中の顔を見ると
また悲しい気持ちになってしまう・・・

   
  
 レバノン到着3日にして、3回も泣きそうになってしまいました。いったいどうしちゃったんでしょう。
明日からはベイルートを離れてブシャーレへ向かいます。もう私の涙腺は緩みません。