-6日目- 2004. 1. 2 夜 -



 夜8時半頃にパリに到着。しかし、迎えに来るはずの現地ガイドさんが来ない。寒いロビーで1時間待たされ、ノドが痛くなってきた。(この夜とアムステルダムの寒さですっかり風邪をひく。旅行初日にインフルエンザが治ったばかりなのに。)
なんと添乗員さんはパリ到着時間が変更になったことを、パリの事務所に連絡していなかった! 彼女の言い分によると、現地ガイド(モロッコの旅行代理店)がパリ(パリの旅行代理店)に連絡すると思って何もしなかったとのこと。そんなバカな。せめて連絡したかどうか確認する義務はあるでしょう?
私は初めてのヨーロッパ上陸でライトアップされたエッフェル塔など見てウキウキしていたが、モンマルトルのホテルに向うバスの中はとんでもなく悪い雰囲気。11時前にやっとホテル到着。
到着してすぐに仲良くなった3人で夜の街にくりだす。入ったレストランは外観と違い中は高そうな雰囲気。言葉が通じず、やっと牡蠣とチョコレートケーキを注文する。雰囲気もあるのだろうが、ケーキは美味しかった。私は食べなかったが、牡蠣もとても美味しかったらしい。

 12時になった頃、レストランの前からローラースケートのレースが始まった。いきなり人が集まって来てパトカーまで来たので暴動でも始まったのかとビックリ。この日はモロッコでの観光が3分の1も出来なかったが、モンマルトルでは楽しく過ごすことができた。


シャルルドゴールは本当にわかりにくい空港だった
 
モンマルトルのレストラン
  
みごとな牡蠣 なんとこれで2人分
  
牡蠣嫌いな私はチョコレート・ケーキとカプチーノ
  



-7日目- 2004. 1. 3
 朝食はカフェオレとクロワッサン。外の見えないレストランでの朝食だが何となくフランスを感じる。我ながら単純。
ホテルからまっすぐ空港へ。エッフェル塔や凱旋門の前を通ってほしかった。もう、来ること無いだろうからなー、フランス。
今日はオランダのアムステルダムに向う。行きには降ってなかった雪が積もっている。
 モロッコ最終日が不完全燃焼の私達は、アムステルダムの街に出ることにした。この自由行動でも添乗員さんは時間が無いだの空港外へ出るのはどうだのと私達を引きとめようとしていた。到着したゲートからソウル行きのゲートはかなり遠い。それなのにその搭乗口まで行ってから解散とか言い出すので(そこに集まるのは5時間後!なのに)今まで静かだった男性が、『ゲート番号と時間を言ってくれれば私達はちゃんと戻ります!』とピシャリと言ってくれた。しぶしぶ時間を発表した添乗員さんを残して皆それぞれ街に出かけた。街中をトラムで移動する人達、船で運河観光をする人達、そして歩きで街を観光する私達の3つに分かれて出発。
1人だけガイドブックを持っていたのでそれを頼りに中央駅からまずは跳ね橋まで歩く。氷点下の気温は30分もたたないうちに口が動かなくなってくる。撮った写真の顔はどれも頬や鼻が真っ赤。
 カイロにいた時のクラスメートにオランダの人がいて、街では自転車で移動する事が多いと言っていたことを思い出した。狭い道が多いからか、自転車に乗った人が多かった。それにフンも多い。犬のものにしては大きいので馬(?)のかもしれないが、至る所に落ちているので驚いた。
短い時間だが、なんだかモロッコ以上に楽しい。時間がまだ少しあったので『飾り窓』エリアをリクエスト。ガイドブック片手に着いたエリアには、バンプのような女性からスーパーモデルのような美人までずらりとお仕事中。噂には聞いていましたが、実際に見るとは思わなかった。皆さん熱心に交渉しておりました。(^_^;) それに女性だけじゃあのエリアには入れない。怖くって。
 それにしてもアムステルダム、楽しかったなー。


アムステルダムに到着
  
中央駅
  
音楽に合わせて人形が踊っている
 
何でしょう、この建物?
屋根の上には彫像が立っている

  
デパートの上はマダム・タッソーの蝋人形館
入りたかったが、行列がすごかった
 
運河と建物の雰囲気が素敵
 
風景は素敵なのですが、道にはフンが・・・
  
跳ね橋を渡る
  
教会でしょうか? 不明・・・
  
これは覚えています レンブラントの生家
たしか・・・
   
ここは元・裁判所か警察か牢屋か・・・
付近にはマーケットがありここも見て周った

 
この列車で空港に戻ります
  


 全員、約束の時間には集合していた。出発まで時間があるのでレストランで大きなチーズ・サンドウィッチを買う。美味しかった。寿司カウンターもあり、そこで食べている人達もいた。
 せっかくオランダに来たのだから思い出にと、陶器の水差しを購入。牛の形で、口から水が出る。観葉植物に水をさすのにピッタリで重宝しています。
   皆すっかりうちとけて、次の寄港地、ソウルでは何を食べるかの相談が始まった。


-8日目- 2004. 1. 4
 ソウルに着いた時には、8日目の1月4日になっていた。ここまではKLMで来たが、日本へはJALで帰る。そのせいなのか(?)一度韓国に入国してまたすぐに出国の手続きをする必要があるらしい。またここで添乗員さんがグズグズしているので、ほとんどの人達が添乗員さんを残して手続きをしに行ってしまった・・・。
砂漠に日の出を見に行った頃から、なんだか添乗員さんぬきで行動する様になっていた。勿論、皆、協調性も常識もあるのだが、添乗員さんまかせにしていたら貴重な時間が無くなってしまうと感じていたのでしょう。添乗員さんも大変な仕事だとは思いますが、それにしても要領が悪すぎました。はっきり言って、ここの会社のツアーには二度と行く事は無いです。と、いうより、団体旅行は今回で懲りました。

 韓国料理を色々食べる予定でいましたが、機内食でお腹が一杯だった私は食事をキャンセルして3時間みっちりショッピングする事に。もう買いまくり! これまた楽しかったー。
 手ぶらでソウルに着いたのに、集合場所に集まった皆の両手にはお土産がどっさり。
モロッコでのマイナス分はアムステルダムとソウルで相殺されたようでした。
 キャンセル続きのツアーでしたが、無事成田に到着。皆さんと挨拶をして成田を後にする。
自宅に着いたのは夜。明日からは時差ぼけと仕事が待っている・・・。
本当に私はモロッコに行ったのだろうか? あまりに色々な事があったので頭の中でよく整理が出来ていないのでしょう。この旅行記を書いていて『感電したなー』とか『ラクダに乗れなかったなー』などと思い出しました。
なんとなく愚痴が多く、エジプト旅行記のような元気はありませんでしたが、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
皆さんがモロッコに行くときは、充実した旅になりますように!
  
−終わり−