5日目 ・ルクソールへ
・カルナック神殿

 朝、飛行機でルクソールへ。ここで一つ注意。『カイロからルクソールへ行く時は右側の席を、帰りは左側』。そうじゃないとな~んにも見えません。左側の席だったためピラミッドだ、神殿だと説明してくれても砂漠しか見えませんでした・・・。しかし、ぼっーと砂漠を見つめているうちにルクソールに到着します。ワジを1時間眺めているのもいいかも。
 飛行場を出てタクシーでホテルへ。お昼前だったのですが、ガラスごしに足や腕にあたる日光が痛い! 日本のような暑さではなく痛いのです! カイロが寒かっただけにルクソールは「来たぞ、エジプト!」という感じでワクワク。が、ホテルのフロントではドキドキ。「また予約が無かったら・・・」。しかし、今度は大丈夫。さらに、予約の時点ではナイル・ビューは無理と言われていたのに、バルコニーからはナイルが! あまりの美しさにしばし呆然。本当にカイロと同じナイルなの? 上流に行けば行く程美しくなります。(アスワンでは底が見える程です)
 バルコニーでナイルを眺めながら昼食。まだ半日あるので、歩いて行けるカルナック神殿に行くことに。ホテルから徒歩で約15分。各国の観光客で混雑している中、隅にある礼拝堂や神殿を一つ一つ見てまわる。134本の柱がある多柱室はいつ見てもすごい。しかし、アモン大神殿の外側にある小さなものもなかなかです。だいたい担当している(?)おじさんがいるので声をかけると開けてくれます。壁画の説明をしている時に「私と同じようにしなさい」と言って壁画(確かイシス)を触りつつ妙なしぐさをするおじさん。なんだかわからないまま同じ動作をしました。するとおじさんは「これで貴方は幸せになるよ」。やったー!(^o^)  あれから数ヶ月、いつもと同じ生活の私。平穏無事=幸せ? いや、私はもっとすっごい事を期待しております。あのおまじないはどれくらいもつんだろう? もう期限切れ? (聖なる池の前のスカラベのまわりを7回まわると願いがかなう・・・というのもあります)
 ホテルの前にいるドライバー数名と交渉して低価格&感じの良いムハンマドに決定。アビドスは明後日にして明日は西岸一周。

  

6日目 ・西岸一周
・マルカタ
 
 考えた末、あのネフェルタリの墓は行かないことにした。ホテル前でムハンマドと合流。小太りで色の黒いムハンマドはガラベイヤにマフラーをオシャレにかけたおじさん。私の名前はアラビア語を喋る人には発音し難いのでいつもの通りアーイシャと呼んでもらう事に。
(^_^;)  西岸への橋を渡るのは初めて。いつも船で西岸に渡ってからドライバーを探していたので少し楽かな?と思っていたら・・・こんなに遠いとは。なんだかすっごい遠回りのような気がする。たしかに橋はきれいだが自転車で回る人にはお勧めしません。遺跡に着く前にダウンしそう。まずはチケット売り場で見て周る遺跡のチケットを購入。
 最初は、セティ1世葬祭殿へ。息子であるラムセス2世が完成させた神殿。が、着いてビックリ。とてもキレイ。5年前に来たときは草ぼうぼうで手付かずの遺跡だったのに、今では遺跡公園のように整備されてなんだか不自然。入り口近くにはレンガ作りの民家が隣接している!倒れた柱やレリーフが整然と並べられ、入り口は修繕中で足場が組んである。荒れ果てた遺跡を期待していたのでショックが大きく、さらっと見て車に戻る。
 納得いかないままラムセウムへ。こちらは倒壊した巨像を動かすわけにもいかず昔のままでちょっと安心。ふらふらと見学していると上に登るか?とおじさんが声をかけてきた。高いところは好きなので二つ返事でついて行く。そこは第一塔門で上の方は崩れかかっている。おじさんの「大丈夫」の声を信じて一番上まで行く。なんとなく高いところから遺跡を見下ろすと気持ちがいい。ここは名前の通りラムセス2世の葬祭殿で、丸屋根の古代の倉庫が残っている事でも有名です。壁画もキレイなものが残っていました。
 今度はデル・エル・メディナの職人の墓。ここは王家の谷で働いていた職人の住宅跡、墓、神殿がある。墓はセンネジェムのものが有名でカイロのエジプト考古学博物館のミイラ室のチケットの絵(アヌビス神がミイラを作っている)にも使われています。その他、来世で農作業をしている場面の絵も良く知られています。もう一つインヘルカウの墓はヘビを殺すうさぎの絵が有名。墓の後はレンガ作りの住宅跡を通って、デル・エル・メディナ神殿へ行く。ここはプトレマイオス朝時代のものでハトホル女神とマアト女神を祭っていた。保存状態が良く、壁画の色も残っており当時の様子が偲ばれる。この遺跡も墓から神殿まで遠く、他の遺跡もそうだが、時間は十分にとって見学したい。 
 メディネット・ハブへ。ここはラムセス3世の葬祭殿。ラスセス3世がラムセウムをまねして作ったらしいが、保存状態が良いのでゆっくり見て周りたい遺跡。ここは城門から第一塔門までが広く、そこに行くまでに小神殿やナイロメーターがある。ナイロメーターの他に井戸や井戸からの水を送る水路のようなものもあった。第一塔門を見るとどれだけ大きな建築物だったかがわかると思う。中庭の壁には捕虜の手足や大事な部分を切り落として数を数えている(!)絵が残っている。全体的に壁画はすばらしく、彩色が残っている部分もある。壁画はとても深く彫られているいるものが多い。数は少ないがカルナック神殿のような多柱室があり、なぜか根元しか残っていない。至聖室には所々に階段があり、勿論二階はないが一応登ってみる。登っても上の方の壁画が良く見えるだけなのだがとりあえず登る。穴や引っ込んだ祠があるとこれも一応覗いてみる。他の遺跡でも階段があるととりあえず登ったり、降りたりする。小神殿は必ず入る。鍵がかかっていても一応入れるか尋ねる。こんなことしてるのは私だけでしょうか? みなさんはもっとスマートな見学をしていると思います・・・。
 最後はマルカタの遺跡へ。ここは早稲田大学の調査隊が発掘していたことで有名です。あの吉村先生の本で彩色階段を発見、発掘したのに何者かに破壊された・・・というのを読んでいつか行きたいと思っていました。マルカタはアクナトンの父、アメンホテプ3世の王宮と町の跡で今ではレンガ製の土台が少し残っているだけの遺跡です。メディネット・ハブから住民しか使わないような舗装されていない狭い道を進むと瓦礫の山に囲まれた広い場所に到着しました。
 遺跡の横に住んでいるおじさんに案内してもらい見て周りました。本当に跡しかなく、ちょっとだけ見せてもらった壁の根元に女性(女神?)の壁画が残っていました。発掘したものも埋め戻してあるらしく、いままで見ていた大神殿との差に驚く。
 新王国時代の墓参りのような遺跡見学を終え、ムハンマドに駅前のコシャリ屋に寄ってもらいホテルへと戻ったのでした。明日はいよいよアビドスだ。


            





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