8日目 ・貴族の墓
・見覚えのあるアイの墓
・王家の谷でトレッキング?
・ハトシェプスト葬祭殿
 
 今日はハードな1日になりそうだ・・・。まずはデル・エル・メディナの先のクルナ村、貴族の墓へ行く。
ここは墓の近くに行くと看板があるが一人で探して見て周るのは大変。チップを払ってもよければ、ガイドに案内してもらった方がスムーズに見て周れる。また、小さめの懐中電灯は必ず持っていきましょう。今回、私は忘れたので至る所で小銭が必要になりました。
 まずはナクトとメンナの墓。ナクトはトトメス4世の書記で、壁画は3人の女楽師のものが有名。とてもキレイに残っているので驚きました。当時の生活が生き生きと描かれている。
 ラモーゼはアクナトンの宰相でこのエリアの他の墓とは少し違う。内部は広く、柱がいくつもあり(ほとんどのものは復元されたもの)美しいアマルナ様式の壁画と浮き彫りが残っている。また泣き女の絵は特に有名。
となりのウセルヘトの墓には狩猟のシーンが描かれており、矢の刺さった動物(ガゼル?狐?)が矢の刺さった部分を「どうして?」という感じで振り返って見ている絵には驚いた。是非、人間だけでなく細かい部分までゆっくり見てきてほしいところです。
 貴族の墓を後にして次は王家の谷へ。王家の谷で見たいのはアイの墓。あとはどこか3ヶ所墓を見てからハトシェプスト葬祭殿まで山を越えて行く。岩山からの眺めは素晴らしいそうなので、いつか挑戦しようと思っていた。夏より冬の方が少しでも楽かと思いましたが、とんでもなく暑かったです。
 車のまま王家の谷の西にあるアイの墓へ行く。谷の入り口手前の道を西に進んで行くのだが、歩きでは2キロあるのでかなり大変だ。殆ど観光客は来ないらしく、ガイドのおじさんは「ちょっと待って」と墓の近くの小屋に行って、発電機のスイッチを入れる。ガガガッと、ものすごい音と共に電気がつく。墓への入り口は深くて長い。
 中を見てびっくり! そう、ツタンカーメンのお墓とそっくりだった。ツタンカーメンのお墓をそのまま大きくしたような壁画と間取り。『ツタンカーメンのお墓をアイ伯父さんが横取りした』という説を思い出しました。なんだか納得しちゃうような大きさでした。
 ここでドライバーと別れる。ムハンマドはハトシェプスト葬祭殿前の駐車場で待っていてくれる。私は墓を見てから山を越えてハトシェプスト葬祭殿へ行き、その後合流、という予定。
 アイの墓から少し歩いて王家の谷の入り口へ。修学旅行か遠足か、エジプト人の子供たちでごった返している。有名な墓は長蛇の列。右往左往しているうちに暑さでフラフラ、時間も無くなってくる。特に見る墓を決めていなかったので近くにあるラムセス9世の墓に入る。この墓は縦に長く、通路の壁面に「死者の書」、「洞窟の書」等が書かれており、天体図が多いのも特徴です。
 次はタウセルト女王の墓。よく王家の谷の見取り図がありますが、入り口から一番奥(端にある)の墓まではたいした距離ではないのです。地図だけ見ると広く感じますが山に囲まれているし、きょろきょろしてると端まで歩けちゃうんです。ただ、そこから山の中腹まで長い階段を登らないと見られない墓(トトメス3世など)もあります。そう言う訳で端まで来て入ったのがタウセルト女王の墓。
 タウセルトは第19王朝セティ2世の第一王妃で長男セティ・メルエンプタハの生母。しかしセティ・メルエンプタハが父セティ2世より早く亡くなったので側室の息子が王位を継いだ。そこで黙っているような第一王妃タウセルトではなく、政治的な実権は宰相バイと共にしっかり握っていた。義理の息子の死後は女王宣言をして完全に一国の王となった。ハトシェプスト女王と同じような事をした人ですね。墓も夫セティ2世の近くに大きなものを造ったが、第20王朝のセクナクトに流用されている。現在は墓通路途中にタウセルトの玄室があり、その奥にセクナクトの玄室がある。
 三つ目の墓はラムセス9世の息子メンチュヘルケペシェフ王子のもの。ここはタウセルトの墓と反対側の端で山の中腹にある。この墓の先にハトシェプスト葬祭殿へ抜ける山道があるので、ついでにと思ってここを選んだ。ツタンカーメンの墓があるところがメインストリートとすると、ここはかなり外れていて歩いている人がいない。墓も開いているか不安だったが山道を途中まで登ると、墓の入り口で仙人のような門番が手招きをしていた。ここも意外と大きく、中の通路は所々底が見えない穴が開いていて木の橋が渡してある。「山の中腹にある墓の中のこんな穴に落ちたら、誰も気が付いてくれないだろうな~」などと考えながら墓を見る。古代エジプトの王子がよくしているヘアスタイル(一部を残して剃ってしまう)の壁画があった。天井が高く、広いがサッパリした墓だった。
 メンチュヘルケペシェフ王子の墓の仙人に葬祭殿までの行き方を聞いたが、???な感じ。人が歩いた(小道)跡を頼りに上って行く。ここは割れた岩でザクザクしたかなり急勾配な山(というか丘?)。ズルッとすべりながら息を切らして登っては振り返る。仙人が「そっちで良いよ!」と指示してくれる。やっとのことで少し広い場所に出る。王家の谷入り口が遠くに見える。バスも米粒のようだ。「あー、写真取りたいなー」と思っていると、何処からともなくお土産グッズを手にエジプト人登場。チップを払ってでも写真を取る価値あり!とお願いする。頂上まで案内してもらい、更に降りる道を教えてもらう。頂上に着くとナイル川の向こう岸まで見渡せる! それに向こう岸の更に向こうに山(?)まで見える。あれはどこ? ハトシェプスト葬祭殿の真上なので人も車もとてもちっちゃい。他の遺跡もよく見える。これじゃ苦労して登る価値はあるな、としばし見とれる。
 時々ハトシェプスト葬祭殿側から登る話がありますが、絶対!王家の谷側から登ったほうが良いです。王家側はとても急な登りですが距離的には短い。しかし、葬祭殿側は、いろは坂のようにくねくね曲がっている道で、直線では行けないのです。距離的にはかなり長い。だから、一気に登って帰りはゆっくり長い坂道を降りてくるほうが楽で、景色も楽しめると思います。
 教えてもらった方角へ降りていくと変な方向から降りてくる一団と遭遇。皆つるはしを持っているので発掘か工事でもしていてお昼に帰るのでしょうか? 
 つるはし軍団と一緒に降りて行くが登りと同じで割れた岩でズルズル滑る。緩やかな坂道だが、景色に見とれていると転びそうなる。おじさん達はもっと先にある家に帰るらしい。「一つ目の道は急だから、二つ目の道を降りなさい」とアドバイスしてくれた。もう少しで葬祭殿の入り口横、というとき欧米人のカップルが登ってきた。「登りはきつい? 頂上の景色は?」と聞かれたので、向こう側から登れば良いのに、と思いつつ「時間はかかるけど景色は最高。がんばって!」とエールを送り別れたのでした。
 やっとのことで着いたハトシェプスト葬祭殿。しかし、ドライバーとの約束の時間はもう過ぎている。駐車場で探したが見つからないので、葬祭殿へ見学に行く。ここもすごく混んでいた。前回来たのはあの事件の少し前だったが、そのときとは比べ物にならないほど警備がしっかりされているようだった。第一、入り口に鉄の柵なんか無かった。あの事件はエジプトにはかなりの打撃だったんでしょう。あのような事件が2度と起こらないことを祈るばかりです。
遠くに見えるのは山でしょうか?
  
葬祭神殿の真上 写真上の方にある白い道を降りてきた(その道が下の↓写真)
  下山途中の風景
  
 デル・エル・バハリのハトシェプスト葬祭殿は第18王朝のハトシェプスト女王が建てたものです。ハトシェプストはトトメス1世の長女で異母兄弟のトトメス2世と婚姻。トトメス2世は側室の子トトメス3世を世継ぎと決めたものの、トトメス2世の死後実権はハトシェプストが握り女王として君臨していった。タウセルト女王と同じパターン。第一王妃というのは、自分の子供が亡くなったり、女児だけで側室の子が王位を継ぐとなったら、我慢できないのでしょうか? 
 予定時間を1時間近く過ぎて駐車場へ戻る。「怒ってるかな?、それとも心配してるかな?」とムハンマドを探すとニコニコしながらタクシーを洗っていた。どこから水運んできたのか? キレイになったタクシーでルクソールに戻る。タクシーの中で一息つくと、腕が痛い。赤黒くなっている。恐る恐る腕時計を取る。えっ! そしてTシャツの袖をめくる。え、えっ! 真っ黒になっている・・・。まさか顔まで?と顔を触るとザラザラしている。ホコリが付いたと思って小さな鏡を出して見ると・・・帽子の下の顔が白い。えっ、何これ? そう、塩の粒(!)が顔と首に付いていたのです! 数時間で真っ黒になるくらいだから、塩が付くくらい汗もかいたんでしょう。タオルでこすっても取れないので帽子を深ーくかぶってホテルまで戻りました。
 夕方までゆっくりしてショッピングへ。ほしかった物が見つかった上、夕食までゲットしてホテルへ戻る。ホテル内のショッピングアーケードは半分閉まっていて(潰れていた?)たいした物はなかった。
 明日はカイロに戻ってヘリオポリスに泊まる予定。


          





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